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2010年12月05日
お母さんとの最後の記念写真♪
もう、あの日から3週間も過ぎてしまいました・・・
ありがたいことに、今まで精一杯病気と戦って頑張って生きていた、わたしのお母さんに温かいお言葉御花お菓子等たくさん頂きました。それらをおトしゃんはお母さんの写真の周りに飾ってました。
おばあちゃんには仏壇と云う居場所を確保し、そこに居てもらってますが、お母さんは線香の煙が気管や肺に辛く仏壇に居てもらうのもかわいそうなので、お家の居間の中古品の戸棚をお母さんの居場所にしてこれからのわたしとおトしゃんの暮らしの中の最重要事項として位置づけました♪
大事な防犯カード、自動車の鍵などを帰宅したらお母さんの写真の前に『ただ今ぁぁ~』と言いながら置いておくと翌朝、出勤前に『行ってきぁぁぁます』と言いながら忘れないですむのです♪
こうして作ったお母さんの居場所に御花をいっぱい飾りました♪
お家中、甘やかな花の香りや晩ご飯用の『千葉県産めざし』の焼ける匂いに満ち満ちてます♪
何を思ったのか、おトしゃんはこのような機会はもう二度とないだろうから・・と(わたし達)を集めて記念写真を撮ってくれました♪
そうなのです、わたし達は、昨年の秋から一年半、お母さんの側でお母さんを励まし続けたのです・・・
もう、その役務も終わりました。
こう云う時は、やはり記念写真を撮るのが浮世の習いなのでしょうか、おトしゃんは心からわたし達に『皆んな、お疲れさん』と労って、ナゼナゼをしてくれました♪
でも、もうわたし達はお役御免なのです・・・
現実を直視すれば失業したと云う事なのです・・・
もうわたし達には用がないので、『燃えるゴミ』として捨ててもいいのです。
わたし達は、動きません、語りません、眠りません、もちろん食べません、
ただ、無言でおトしゃんの顔を見ているだけです。
これから、わたし達は、どのように生きていくべきなのでしょうか?
おトしゃんに聞いても、おトしゃん自身が、どのように生きていくべきなのかの『答え』がないようなので、そんな余裕もないようなのです・・・、
お母さんにも先立たれたおトしゃんは(わたし達)を養いながら『善く生きる』と云う難題に立ち向かって行けるのでしょうか?
ぁぁわたし達は 不安です♪
ぁぁわたし達も おトしゃんも 終わってしまったでしょうか?
『然り』と云う天の声が聞こえてくるような気がするような気がします♪
投稿者 choko : 2010年12月05日 18:42
コメント
「人=生きる事」と定義すれば、性善説は生きているのが本質的に良い事だ、性悪説は生きていれば悪い事をするけれどそれが生きる本質だ、ということになります。「善く生きる」とは性善説を選ぶことと同義かもしれません。つまり、考え方の選択の問題だ、と軽くいなしておきます。
投稿者 名無し : 2010年12月07日 04:39
お母さんがお亡くなりになったのですね。
これからのチョコちゃんのお役目は お母さんを励ますを卒業して おトしゃんを励ますです。
思い起こせば20年ほど前に 札幌の父も大好きなラーメンを夕飯に食べて その後まもなく亡くなりました。
命日はたくやの誕生日と同じで 私の誕生日の前日です。
めぐり合わせと言うものを感じますね。
お母さんとチョコちゃん 寄り添っておトしゃんを励ましていますね。
投稿者 タックンママ : 2010年12月06日 12:16