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2012年02月20日
10年間のこの世の変化・・・②
と、云う訳で、今回は東京駅の一身上の都合で、大パノラマ写真撮影は断念しました。
と、なると、もう今度の大旅行の目的も意味も無くなるのではないでしょうか?
それでも、おトしゃんは、めげないのです。バンドネオンと共に生きていく道もあるのです。
と、云う事で、バンドネオンのお師匠さまの弟子に勝手になったのです♪
弟子として妥当な人物かと問われると、誰しもが 『 怪しい 』 と云うのでしょうが、本人は『相応しい』、と思っているようです。
レッスン第1回目、おトしゃんは、正しいバンドネオン習得の基礎等を練習したのです♪
音を出す前に、正しい姿勢、正しいイスの選び方、正しい持ち方等です。
やはり、お師匠さまには、正しくない生き方をしているヒトなのだと、見破られたようです。
おトしゃんはお師匠さまの前でバンドネオンを持っただけで緊張してました♪
次に、お師匠さまが、♪ブカブカピロピロ♪と、夢のような甘い調べを奏でてくれます。
・・・ おトしゃんは ・・・ うっとりとしてました ・・・
その、お師匠さまのお手手とお指の正しい動きをビデオ撮影したのです。
右手、左手、そして両手の。
そうなのです、その演奏ビデオをお手本にして、お家での練習教材にする企みなのです♪
おトしゃんは、目の前で繰り広げられるラ・クンパルシータの眩暈のするような変奏部の生演奏を初めて聴いて、とっても魅せられ、感激と緊張で喉がカラカラに乾いたので、今日のレッスンは早めに終了して、ビールで喉をうるおしましょう・・・とお師匠さまと意気投合し、わたしの本『ワンワンの会社勤務』を見ながらお話をし、美味しく、且つ、ほんの少しだけビールを頂いてレッスンは終了しました。
ところで、おトしゃんは、何にうっとりしていたのでしょうか?
・・・東京出張は、続く
※前回の記事のコメント欄のHiro-04さんのリンク先で、わたしが勤めを始めた当時の記事を動画にしたものが視れます。Hiro-04さん、わたしの心を解って頂き、ありがとうございます。
投稿者 choko : 2012年02月20日 17:09
コメント
チョコちゃんのおトしゃんへ
お返事、ありがとうございます。
言葉のひとつひとつが、心に響き、涙が溢れて感謝の気持ちでいっぱいです。空が亡くなった後、動物病院の先生をはじめ、周りの人も優しく慰め、気を落さない様に等・・・。私をそっとしておいてくれる心遣いにありがたさを感じ、元気に振舞おうと頑張りました。でも、悲しく、寂しく、辛い気持ちを正直に打明けることが出来なくて、苦しかったのです。道で見かける散歩中の犬と飼い主が、空と自分の姿に重なって辛くてまともに見られないのです。
これからも、私の心の中で、空を愛していけるのですね・・・
そんなふうに思い続けていいのですね。こんなに、うれしいことはありません。
おトしゃん、本当に素敵な言葉を、ありがとうございます。
これからは、おトしゃんの言葉を胸に、空ちゃんを想って愛して育んでいこうと思います。私も家中、部屋中、職場の机のマット中、空ちゃんの写真だらけです。
私もいつの日か、空の化身に会えるでしょうか。会いに来てくれるととても幸せです。
投稿者 空ママ : 2012年02月21日 21:13
A隊長
Hi 本気です♪(今のところ・・・)
おっしゃるように、頂きは遥か彼方のようです。
譜面(地図)を見せてもらい、頂きに辿りつけるのだろうかと眩暈がしました。
まずは、頂きが見える地点まででも行けたらと控えめに考えております。
今回は、怠け者の私には、『努力』と云う文言よりも、ダラけた自身との『戦い』ではないのかと最近は思い始めてきました。
バンドネオンに勝たなければならないのです。
そうなのです仲良しになりたいバンドネオンにバカにされているのですから。
キィーキィーブカブカと変な声で笑われて(笑)
投稿者 遠い山を見ているヒト : 2012年02月21日 16:21
空ママさん。
出版記念回では、花束をいただいたり、大変お世話になりました。
あれから約20ヶ月・・・
そうでしたか・・・空ちゃんがお空の彼方へ行ってしまいましたか・・・
この世で空ママさんと空ちゃんが共に生きていた暮らしがもう二度と帰らぬことになってしまったのですね・・・
辛い・・・お気持ち、察します・・・
生きているものがこの世を去るのは世の摂理なのは理解できるのですが、約10年間の空ちゃんと共感して生きてきた空ママさんが今何をしていいか判らない気持は、半身を裂かれる辛さと思います・・・
※言葉では表現出来ない、この悲しさは、これからどうしたらいいのでしょう・・・
#私のチョコの時も同様でした。大きな悲しみは心の奥にしまっておくしかないのではないでしょうか。
私は、一緒に暮らしていた相方のチョコが居なくなった悲しさを紛らわそうと、床の近くの壁やら、椅子の足元やらにチョコの写真を何枚も貼りつけて、さもチョコが側に居るような雰囲気を作ったりしました・・・3年経った今もそのままです。またぬいぐるみも作ったりして、頭を撫ぜ撫ぜしながら声を掛けたりしてます。
3年も経ってくると、それらのぬいぐるみが今のチョコの姿なのだと、自分でも妙に納得してしまってます。
※空が、私の心に残してくれた愛を、これからどこに返したらいいのでしょう・・・
#空ちゃんの残してくれた愛はしっかり空ママさんの心の中でこれからも育くんであげて下さい
・・・そうすると、それがこれから空ママさんが纏う優しく素敵な雰囲気になるような気がします。
私がチョコを失った時、空ママさんをはじめとして、たくさんのワンちゃんの遺族さん達に慰めて頂きました。空ちゃんが居なくなってからまだ一月も経っていません辛いことと思います。私かチョコ宛にメールで語りかけるのも気持が安らぐかもしれません・・・
#チョコが死んだ年の初夏、山路をとぼとぼ歩いていたら一羽の蝶が私の目前でひらひらと舞い、まるで私の道案内をしてくれているようでした・・・その時、急に、もしかしてこの蝶はチョコの化身なのかなぁ~なんて思いました。私に話しかけるように、私に触れそうになるように、優しく舞うのです・・・20~30分間位だと記憶してます。
数キロ歩いて、峠の案内板の所で佇んでいたら、また先ほどの蝶が表れ私の周囲をひらひらと別れを惜しむかの如く舞い、やがて、空の彼方に飛んで行ってしまいました・・・
写真を撮ろうとしましたが、何の意味もないことなので止めました。
あの光景は私の記憶にしっかり刻みこまれました。
そして悲しみに沈んでいた私に、何故か希望を感じました。
悲しみの先に希望があり、その希望の先には悲しみもあるのでしょうか。
その後、動物は勿論、虫でも、花でも、生き物が皆、愛おしく感じるようになりました・・・
そう云う意味で、未だに心の中でチョコを育んでいる私も、チョコと同じように命と対峙する感覚になったのかもしれません。
そして、3年経っても未だに、帰宅途中の自動車の助手席の昔チョコが入っていた今では空のバッグに向かって、『チョコぉ・・・晩御飯のオカズを作って病院のお母さんにもっていこうか・・・』と、あの頃の私の暮らしを忘れまいとして、今は亡きチョコと家人に語ったりしてます・・・
空ママさん、心の中の空ちゃんに、いつまでも寄り添っていてあげてください・・・
そうすると空ちゃんの心を感じる事が出来ます。
投稿者 チョコのおトしゃん・・・から : 2012年02月21日 15:55
う~む、かなり本気なのだ。ラ・クンパルシータ演奏の山頂は、麓の登山道の木々で遮られている状況なのだろうな、と推測です。
投稿者 A : 2012年02月21日 07:21
こんばんは。
お久しぶりです。
いつも拝見していました。
お会いしてから随分経ちましたが、あの後、空が病気になり闘病生活を送っておりました。
2月3日の節分、空は虹の橋へ行ってしまいました。
最後の夜、私の腕の中で「苦しいよ・・・」とでも言うように小さくワンワンワン・・・と何度かなきました。
毎日毎日、仕事が終わった私の帰りを待っていた時間に、息を引き取りました。
空と私の約束の時間です。
これから、虹の橋で、私が行くのをずっと待っていてくれると思います・・・
亡くなった直後「ワンワンの会社勤務」を読んでいました。
何も手につかず、何をしたらいいのかわからなったのです。
おトちゃんの文章に慰められ、空の亡骸を抱いて一晩眠りました・・・
言葉では表現できない、この悲しさは、これからどうしたらいいのでしょう・・・
空が、私の心に残してくれた愛を、これからどこに返したらいいのでしょう・・・
3月12日に10歳の誕生日を迎えることが目標でした。10年前、私はこんなに一途な愛情を知らない人間だったと思います。
チョコちゃん、おトしゃん、このブログを続けてくれて、本当にありがとうございます。
そして、空ちゃん、ありがとう。
これからも側にいるからね。
投稿者 空ママ : 2012年02月20日 22:01