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2012年05月31日
若葉の中にお地蔵さんが15尊♪
おトしゃんは、先日の塩谷丸山~小樽天狗山縦走の写真を整理してました♪
お天気が芳しくなかったのですが、パノラマ写真も撮したりしてました。
天狗山登山道には、我が国では珍しい様な、『総天然色お地蔵さん』が何体も並んでました♪
これは、パノラマ写真の被写体として、なかなか良いのではないかと判断し、早速パノラマ写真を撮りました♪
下の写真をクリックして、お地蔵さんの数を数えて見て下さい。
なんと、15体も並んでいるではありませんか♪
パノラマ写真を見て喜んでいるおトしゃんに、会社のYさんが、「お地蔵さんは12
体しかありませんよぉ~」と注意してました???
ぁぁ・・・、眼も悪いおトしゃんには立っている3体も、お地蔵さんに見えたのです。
「まぁ・・・私にとってお世話になっているありがたい面々なので、生き地蔵のようなものと思ってもいいだろう・・・」と、大変失礼なような事を言ってごまかしてました♪
・・・に、しても、若草色の緑がいっぱいですねぇ♪
おトしゃんはここに居るだけで、普段の野菜不足の暮らしに有益なのではないか?と喜んでました♪
冬の期間、ひもじい思いをしていた鹿さんたちも美味しく樹樹の若葉を頂いているのでしょうね♪
2012年05月27日
電車に乗って登山♪
わぁぁ~、これは何でしょうか?
おトしゃんは今日のお昼ごはんの『縦走登山専用特製スタミナおにぎり』を作ったのです♪
中には、しょっぱい鮭とタラコが程よく詰まっているのです♪
そう云われて見ると、素朴な感じでとっても美味しそうですねぇ~♪
昔昔、N支部長とわたしとおトしゃんと十勝岳~美瑛岳の縦走をした時に発汗作用の結果、塩分不足で歩けなくなりそうだったおトしゃんは、腐りかけのタラコおにぎりを頂いて元気に成ったのです♪
今回は塩谷丸山~遠藤山~オコパチ山~天狗山を縦走するのです。故に縦走登山専用おにぎりが必須なのです♪
今日は、なんという、ありがたいことでしょうか、皆んなで、電車に乗って山に行くのです♪
子供のころに夢にまでみた電車の運転席です♪
トンネルをくぐる度に、N支部長やIさんはキャァ~キャァ~喜んでましたが、高齢者になったおトしゃんが、キャァ~キャァ~喜ぶのは恥ずかしいので大人の対応を心掛け、静かにうなずいてました♪
山は、あいにくの曇天です。
でも、ものは考えようです。
霧が流れる状況と云うことは、空気を吸うだけでそれなりに水分補給も出来るのです♪
A隊長は、独自に発明工夫したパノラマ写真撮影装置を携行し、手際よくパノラマ写真を撮影してました♪
電池もなにも必要ないなかなか優れた装置で、機会があれば「パノラマ写真ドッチボール式撮影特殊雲台」として学会等で発表してはどうだろうかとおトしゃんは思っていたようです♪
暑からず、寒からず、程よい天気の中、あれやこれやで大ベテランS本部長の案内で山路15kmを楽しく歩けました♪
天気は悪くても、皆の笑顔が一番ですね♪
白石駅から歩き、途中スーパーで晩ご飯の食材を仕入れ、帰宅して歩数計を見たら35000歩も歩いてました。
おトしゃんは「これで、暫くはゴロゴロしていても運動不足にはならないだろう!」と喜んでました♪
2012年05月26日
泣いているチョコウラン・・・
お昼ご飯を頂きにシーンと静まりかえったお家に戻ってきたおトしゃんは、一瞬、すすり泣くような声が聞こえたような気がしました・・・
あのチョコウランの鉢からのようです・・・
泣くような声のようなものは、空耳っだたのかもしれません・・・
しかし、よく見ると一番先に咲いた一番お姉さんの花が泣いているのです・・・
泣いている表情をしているのです・・・
お花も泣くのものなのでしょうか?
悲しみや辛い事を解っているのでしょうか?
でも、今日の表情は、完全に泣き顔になってます・・・
これは、花の泣き顔ではなく、たんなる光と影の感じがそのように見える・・・と考える事もできるはずです・・・
しかし、そのように考えるにはあまりにもお花が憂いの表情です・・・
来るべきものが来つつあるのがお花だって解っているのです・・・
もう・・・葉も茎からも、生気は失せてます。お花だけが最後まで精一杯頑張ってきたのですがが、とうとう泣きだしました・・・
おトしゃんには2009年のわたしの最後の冬に、会社のおトしゃんの机の隣で、泣 きそうになりながら頑張って生きていたわたしの姿と重なって見えるのでしょう・・・ね・・・
ぁぁ・・・
2012年05月24日
懐かしいタバコ・・・
おトしゃんの怪しい行動は夜な夜な続きます。
今日(22日)も黄昏時に電車に乗って小樽に向かうのです。
今夜は、おトしゃんの幼なじみで、ハンターやら牧場経営やら作家やらで大活躍している久保俊治さんの『羆撃ち』と云う本が、永遠に読み継がれる名作として小学館文庫の文庫本(670円)に成って出版されたのです♪
幼なじみが集まって幼なじみのお鮨屋さんでのその文庫本出版祝いと懇親会なのです♪
久保さんは羆と戦う程の強く逞しくワイルドに生きているヒトなのですが、とってもお洒落なのです♪
外国の有名な服や皮の長靴、皮のカバンでビシッと決まってます♪
そして、カバンからなにやら懐かしいような器具を取り出しました。
その器具にタバコの葉っぱを詰めて・・・
指でクルクルして、タバコを巻くのです・・・
ぁぁ、なんと素敵で美味しそうなことでしょう♪
現代社会が忘れていた何かを思い出させてくれるのではないでしょうか♪
肺が空洞になるのを心配をして、タバコを止めて十数年のおトしゃんは、その代り、なんと ! 心が空洞になってしまったのです・・・この様な楽しみとも無縁になったのです。
おトしゃんは50年前~15年前にはタバコを吸っていたのです♪
久保さんの手作り巻きタバコを目の前にし、おトしゃんは吸いたそうに・・・ゴクリと生唾を飲み込んでました・・・
そうなのです、いくらタバコを止めて十数年といえども、毎日毎日美味しくタバコを吸い続けて生きてきた記憶は鮮明に残っているのです。
タバコを止めたからには、ただただ、吸うのを死ぬまで我慢し続けるのです・・・
超懐かしい手巻タバコを見て、おトしゃんは久保さんと一本のタバコを半分こにして吸っていた幼い頃を突然思い出したのです。
大昔、おトしゃんは、久保さんそして彼のご両親に大変大変優しくして頂いたのです・・・
感謝の心で久保さんとハグしました・・・
久保さんはイヤイヤの表情で逃げまわってました・・
しかし、久保さんにも幼き頃の思い出が甦ってきたのでしょうか?しばらくすると恍惚の表情が浮かんできました。
最後は、二人で歓喜に震えていたようです・・・
昨日(21日)今日(22日)と小樽通いが続いた週でした。
思い出したくなかった小樽時代のおトしゃんの記憶が少しづつ戻ってきたのでしょうか・・・
懐かしい小樽の駅も新装開店しました。
このブログもおトしゃんの心も古いママです。駅の様に新装開店できたらいいのですが?
2012年05月22日
夕日の下には何が・・・?
夕日に向かって列車は進みます・・・
沈む夕日のを見て、おトしゃんは遠い遠い昔の記憶が甦ってくるのです・・・
あの夕日の下には何があるのでしょうか?
ぁぁ、この駅に降りるのは50年ぶりではないでしょうか・・・
駅が50年ぶりと云うことは、ここの踏切も半世紀近前と同じです・・・
でも、あの頃はまだ電化されていなく、ジーゼルカーだったような・・・
おトしゃんは、とぼとぼとぼとぼ小樽の街を歩きます・・・あの頃のような心で・・・ぁぁなんだか懐かしいようなお店に到着です。
お店の前にはバンドネオンでラ・クンパルシータを弾いているネコさんの看板が♪
おトしゃんは、あの頃から50年かけて、やっと、おトしゃんが暮らしていた小樽の街に辿り着いたのです。
この頃、高校生だったおトしゃんの心はあれやこれやで破壊する寸前でした・・・
何処にも行くあてもなく黄昏の中をうろついている時、街角から聞こえてくるくるラ・クンパルシータの切なく物悲しいバンドネオンの響きがおトしゃんの心の破壊を止めてくれたのです・・・
どうしてなのでしょうか・・・
わたしも、おトしゃんも当然、ブエノスアイレスにも行ったことはないのですが、ラ・クンパルシータは、100年も前から南米の港町ブエノスアイレスで愛され続けているそうです。
半世紀前の小樽の街をさまよっていたおトしゃんの耳にラ・クンパルシータが付きまとうのです・・・
天狗山のスキー場で・・・
パチンコ屋さんの街頭宣伝音楽に・・・
そして街角のダンスホールから・・・
ブエノスアイレスも小樽も港町、なぜか、そこには、ラ・クンパルシータが響き続ける何かがあるのでしょう・・・
お店の中では、バンドネオンが鳴り響き、歌声が流れてます♪
『バンドネオンの小川紀美代さん、ビアノと唄の鈴木亜紀さん』が熱演しているのです♪
夢ではないのです。
おトしゃんは50年前の自分を連れて、バンドネオンの響きを聴かせに小樽に来たのです・・・
そうです、あの夕日の下には、あの頃の小樽の街があったのです・・・
2012年05月21日
プロの自覚と実力。
おトしゃんはライブと云うものを初めて観ました。
バンドネオンのお師匠さんが札幌に来て、お客様の前で演奏するのです・・・
お師匠さんはおトしゃんにレッスンするときには、「間違えちゃった♪」、なんて気楽に教えてくれるのですが、さすが舞台の上に立つと、別人のようになるものです。
バンドネオンと結婚しバンドネオンと添い遂げるのではないかと思わせるほどのプロとしての迫力が演奏から伝わってきます。
その姿を見て、おトしゃんは、会社の自分たちはお仕事に対するプロとしての心構えや姿勢は十分なのだろうか?お師匠さんがこうしてお仕事に命がけで打ち込んでいる程の意識を持っているのだろうか???
・・・なにか、バンドネオンを習うよりもっと大切な、生きる姿勢を学んだような気がしたようだ・・・と感動してました。
わたしは、思いました。
そこまでも、難しく考えなくとも、ライブを観たのならば、率直に音楽に感動して良いではないのでしょうか?
2012年05月18日
5年ぶりの再会♪
わたしはビックリしました!
あのUさんが、お仕事の休暇を頂いて、5年ぶりでおトしゃんに会いに札幌に来たのです♪
前回会ったのは2007年3月、まだまだわたしも元気で生きている頃でした・・・
あの頃Uさんは、大阪の大学の先生をされていたと伺ってましたが、現在は札幌秘境探検隊東京支部長と云う重責を担いながら、且つお仕事やら講演やらに大活躍されているそうです。
今回は、おトしゃんが発見した、あの有名なモーゼ岩を道外の専門家として初めてわざわざ東京から探検調査に来てくれたのです。
本来であれば、重要で大事なお客様には、デラックスな自動車でお迎に出向き、豪華な施設に案内し、豪勢なお料理で歓待ししておもてなしをするのが正しい行いないのでしょうが、今回はモーゼ岩周辺のブッキリ教聖地の美味しい空気を腹いっぱい吸って頂いて満足してもらおうと超素朴歓待にしました♪
そんな事で、いいのでしょうか?
そんな事で、いいのです♪
二人で人生がどうだとか、バンドネオンはさっぱり弾けるようにならないとか、お話しながら歩いているだけで超幸せなのです♪
駐車場から、一本松、山辺分岐、演習場境界、嘆きの広場、延々8km歩いて、やっとモーゼ岩に登ります。
このモーゼ岩は、解っているのです。
岩もヒトを見ているのです。爽やかな皐月の風・・・
太古のママの石狩の山々、そしてお空の蒼穹が優しくUさんを包んでます♪
そのような舞台を、この自然は好意をもって提供してくれるのです♪
ぁぁなんと素晴らしいお天気に恵まれたものでしょうか♪
歓喜とは、このような事なのでしょうか?
ぁぁ、滑落したら即死するであろう、恐ろしいモーゼ岩北壁でお手手を上げて踊り狂ってます♪
そうなのです、モーゼ岩はブッキリ教の聖地のなのです♪
我が国の期待される賢者のUさんも、とち狂うような、なにかしらわけのわからないあやしげなようきのようなものがただよっているようなありがたいなにかがあるのでしょうか♪
でも、Uさんはおトしゃんとは違うのです、何時までもモーゼ岩で踊っている訳にもいきません。お家に帰らなければならないのです。
東京には、ご家族様もお仕事も講演待っているのです♪
おトしゃんは「せっっかく北海道にきたのだからカニでも食べていかないかに?」と冗談をいってカニ屋さんで、遅いお昼ごはんです♪
お別れは、男同士、気持ち悪いけれど、ハグするのです・・・ぁぁ友情の証なのです♪
お互い腰が引けてます。Uさんは、お気の毒なことに20歳も年上のおトしゃんにイヤダとは言えないのです・・・
ところで、Uさんはわざわざ札幌に来て、極楽トンボのようなおトしゃんと一緒に歩いて、何か得るものがあったのでしょうか?
・・・「いずれ、モーゼ岩にお子様をお連れしたいので、地図が欲しい」と言ってました♪そして、「利尻山のテッペンから見る景観に匹敵する、イヤそれ以上かもしれない。」と、まで言ってくれました♪
それを聞いて、おトしゃんは、Uさんは清濁併せ呑むますますの大物になってきたなぁ・・・と、喜んでました。
おトしゃんは胡散臭い濁の塊のようなヒトなので嬉しいのですね♪
2012年05月14日
チョコウランの咲き往生・・・
世は、春爛漫。
青々と若葉が茂り、希望に輝いているはずなのですが・・・
とうとう、お家のチョコウランは確実に、弱ってきてます。
それなのに、花を咲かし続けてます。
何ということでしょう・・・
悲愴な姿と言っていいのでしょうか。
もう、葉っぱに陽を浴びて花を咲かせるのは無理な状態です。
哀れと云うか、それを通り越して、チョコウランの精神力と云うか、凄みすら感じます。
おトしゃんは、『弁慶の立ち往生』ならぬ、『チョコウランの咲き往生』と後世に語り継いていかなければならない・・・と、ただ一人の当事者として心に強く誓っていたようです。
確かに、栄養等を摂取する葉っぱがこうなってしまったら、生きるすべが無くなるのは道理で考えても、あたりまえです・・・
何故に、このチョコウランはこれほどまでに頑張ってくれるのでしょうか?
わたしもお母さんも亡き後、どんよりと淀んだ時間が流れているこのお家で、唯一の希望の華だったのです。それ故のおトしゃんの期待を一身に担って頑張らなければならないと云う花としての自覚が、こうさせるのでしょうか?
あの時から、ある一面、わたしの代りだったコチョウラン。それが、A先生からチョコウランとの名前を頂き、今までの3年間。お家の中でのおトしゃんの嘆きを聞いて、なんとか慰め、応えようとやってきたのが、力尽きたのでしょうか?
もう、葉っぱも、ボロボロになってしまいました。
おトしゃんは、黄色くなってしまった葉っぱを撫ぜ撫ぜしながら・・・「なにも、ここまで頑張らなくてもぃぃょ~」と声をつまらせてました・・・
にも拘わらず、花は稟として咲き続けてます。
いいえ、これはいつまでもはありえないことです。
いろいろお世話になったけれど、別れの日はそんなに遠くではないでしょう。
このお家の、最後で、唯一の命の炎のようなものが思い出と共に消えようとしてます・・・
2012年05月11日
この時期だけサクラはいそがしい♪
わぁぁぁぁ♪電線が虹のようです?
お花の季節です♪
今の季節のお花と云えば、やはりサクラなのでしょうか?
おトしゃんは、サクラの満開の下で懐かしいヒトに逢えるような気がしているのでしょうか?今年もサクラに逢いに来たのです♪
いつもの町内会のお墓のサクラが満開です。
昔のおトしゃんはサクラが咲こうが散ろうが全くの他人事でした。それが・・・わたしが弱った頃・・・お母さんが辛くなった頃・・・、その頃からサクラが急に綺麗に見えるようになったみたいです。そうなのです、だから当然なのです。おトしゃん自身がイカレテ来たのだから以前に増してサクラの満開が心に染み入るようになってきたのです♪
かと云って、著名なサクラの名所に行くほどの気力も無いので例年、こうして墓地のサクラで間に合わせているのです。
毎年、サクラを傍観するようになって、おトしゃんは少しだけサクラの気持ちが解るような気がしてきたようになったようです?
『今年のサクラは焦っている』と、サクラの心を読んでました。
あわてて咲いて、そそくさと店仕舞いするようです♪
その点、タンポポは気楽なものですねぇ。
季節に左右されることもなく、いつだって平常心のようです。
もっとも、サクラも年中咲いていたら、ありがたくもなくなり、散った花びらがゴミになる・・・と問題になるでしょうね♪
2012年05月07日
・・・・前回から続く・・・・
昔昔のあの頃、おトしゃんは夕張で開催された『民衆史を語る会??』とかなんとか云う研究会にカオを出し、勉強のような事をしたりしていたのです。
遠い遠い記憶なのだけれど、たしかここの丁未風致公園の場所のような高い岡の斜面の所だったのです、住む人が誰もいなくなった炭鉱長屋がたくさん並んで建っていて、そこに研究会の面々と見学に来たのです。
割れた窓ガラスが散らばっているとはいえ、坑夫さんご一家の暮らしの気配が漂う廃墟と成った長屋を、おトしゃんは心の痛みを感じながら土足で上がりこんだのです。
・・・床に散らばっていた小学生の教科書、途中でめくられなくなったカレンダー、欠けたお茶碗、綿の出た布団・・・散乱した生活用品の数々・・・
おトしゃんは、あの時、あの光景を見て呆然と佇んでいた記憶が甦ったのです。
時代の変化と云う大きな流れに生活基盤を奪われ、ここでの暮らしから出ていかざるをえなかった坑夫さん一家の無念さが、散乱した教科書の情景と共におトしゃんの記憶として埋もれていたのです。
帰宅後お家の本棚を見てみたら、棚の隅に一冊だけ当時の勉強会で頂いた本が残ってました。
夕張で坑夫として働きながら炭鉱jの歴史を研究されていた『ごうりきみちのぶ』さんの詩集です。
「
ゆうばり 喰うばり 坂ばかり
いっぱつ どんとくりゃ
死ぬばかり
」
との、言葉が書かれてます・・・
丁未風致公園と云う文字を見てすっかり昔にタイムスリップしてしまったおトしゃんにN支部長は夕張の街を簡易案内してくれました♪
N支部長は毎年夕張映画祭に参加しているので夕張通なのです。
なんだか懐かしいような、時間が止まったままの風景・・・
廃墟のようですが・・・
夕張で自立した生活をしているネコさん達は冬場にはここに皆んな集まって寒さを凌いで暮らしているそうです♪
かっての産炭地の象徴としての夕張。一世紀前に我が国の近代化の一翼を担う産業として大いに期待され、それに命がけで応え、そして半世紀前。時代の変化により衰退せざるを得なかった地域の記憶が・・・、その時代、ここで生まれ、ここに暮らし、死んでいった人たちの思いが・・・、深い眠りにつき、緑の中に消えようとしてます・・・
疾走する自動車の窓に夕張の街並みが流れていきます・・・
おトしゃんの見えない方の目には、真っ白になって流れて行ってしまった時代の記憶が一緒に見えていたようです・・・
2012年05月06日
約35年前の記憶が甦る?
連休も最終日、ありがたいことに爽やかな五月晴れです♪
秘境探検隊のおトしゃんはS本部長とN支部長と一緒に夕張の三角山(夕張炭山)に向かいました♪
途中、鯉のぼりが青空に泳いでます♪
お子様のために、いい大人がこうして、「この様なことをやって見せるのは、とっても素敵なことだなぁ~」と、N支部長が嬉しそうでした♪
目指すは三角山のテッペンにある一等三角点です。
夕張の奥の丁未風致公園と云う所から出発です♪
とっても良いお天気で、まるで天国の路を歩いているようなありがたい山登りです♪
わぁぁぁ♪夕張岳ではないでしょうか♪
たぶん、こっちは、芦別岳ではないでしょうか?
ここ夕張の三角山は有名な一等三角点が鎮座している由緒正しい山なのです♪
青い空の下、夕張岳もしくは芦別岳を背後にしたがえ、おトしゃんは幸せなのです♪
楽しく、ありがたく、山を歩いて、出発点の丁未風致公園に戻ってきました♪
何という、のどかな風景でしょうか♪
高原に爽やかな風が吹き抜けてます♪
ぁぁ・・・幸せだなぁ・・・と、脳天気に喜んでいたおトしゃんが、改めて『丁未』と云う文字を見た瞬間・・・35年前の記憶が突然に甦ってきました・・・
そうなのです、忘れていたのです。35年前にここで呆然と佇んでいた事を・・・
・・・・次回に続く・・・・
35年前、ここで・・・何があったのでしょうか???
2012年05月04日
似たもの同士♪
雨がしとしと降り続いてます・・・
本来であれば、日高方面の高い山のテッペンで焼肉とビールを頂いて喜んでいるはずだったのですが、天気が悪いので登山は中止にして、お家でバンドネオンの練習なのです。
超音痴のおトしゃんには、やはりバンドネオンと云うか音楽全般の習得は無理なのではないでしょうか?、未だにキチンとラ・クンパルシータを弾けないのです。
指はもつれる?ボタンの位置は憶えられない?リズム感も持ちあわせてないので音楽になりません。
音感も無いのでお師匠さんのレッスンビデオを何度視てもマネが出来ないのです。
とうとうおトしゃんは、何をどうしても、上達しないのはバンドネオンの事を良く知らないから弾けないのではないかと考え、バンドネオンの仕組みをしっかり覚えるために分解することにしました。
ぁれぇぇ~、ビックリです。
中は空っぽです。なにもないのです。
背骨も腸みたいなものも、ないのです。
おトしゃんは、衝撃を受けてました。
何かに似ているのです?
「空っぽ」なのです。
そうなのです、
ぁぁ、なんと、おトしゃんの頭や心と同じではないでしょうか?
もしかして、おトしゃんとバンドネオンは似たもの同士ではないのでしょうか?
①中身が空っぽ。
②精神がふにゃふにゃしている。
③規則性が全くなく、テキトウでデタラメ。
④将来の進歩発展等の展望がない。
⑤ヒトのいうことをきかなく、ワガママ。
⑥メランコリック。
⑦その他・・・あれこれ等々
共通点をあげればきりがありません・・・
楽器と演奏者の性格は似ていると聞いてましたが、まさしく大当たりですね♪
こんな話しをバンドネオンのお師匠さんが聞いたら怒り狂うのではないでしょうか♪
わたしは、バンドネオンの中に入れてもらいました♪
寝床にピッタリです♪
この寝床は、わたしの身長が伸びても自在に対応可能なのです♪
わたしが生きていたらどれほど喜んだことでしょうか♪
2012年05月01日
4年前の思い出が甦る山・・・
わぁぁ~ 地球が丸ぁるく見えます♪
ずいぶんと高い所です♪地上のお家がおもちゃのように見えます。
ここは、天国に近いところなのでしょうか?
探検隊のS本部長が崖の上で気持ちよさそうにしてます♪
ここは、地上何百mかの八剣山のテッペンです。
二人で嬉しそうに何を話しているのでしょうか?
おトしゃんは4年前に、ここに登った思い出を話しているのです。
山の佇まいもあの時と同じです。何も変わっていません。
おトしゃんの佇まいも、頭の中もあの時と同じです。
こうしていると、おトしゃんが前回ここに登った頃の記憶が、どうしても甦ってくるのです・・・
お家では、わたしが、きっと、お留守番しているはずなのです・・・???
当時、わたしはおトしゃんといつでも一緒に山登りしていたのです。
でも、あの頃から、体調がすぐれなくお留守番をする事が多くなりました・・・
それ以前は天真爛漫な、わたしだったのですが、あの時に何故か、何時までも此の世に居続けられないと云う絶対に避けられない事実に気がついたのです・・・
わたしは、万感の思いを込めて必死で、八剣山登山に出かけるおトしゃんを見つめました・・・
尋常ならざるわたしの表情に、さすがに、鈍感なおトしゃんも何かを感じたようなのです・・・
あれから・・・4年・・・
わたしも、お母さんも、H先生も、Oさん、ヒロさん、皆んな空の彼方です。
おトしゃんは、皆んなを知っているS本部長と昔話をこの山のテッペンでしていたのです。
なるべく、お空に近い所で、皆んなに聞こえるように・・・