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2014年09月22日
中抜きお遍路と云う選択♪
1番霊場で、スタンプやらサインやらを得たおトしゃん達はとうとうお遍路さんのようなものに成ってしまったのです・・・
もう、このまま無責任に帰るわけには行かなくなってしまいました・・・
やはり結願(双六で云う上がり)をしなければなりません!
かと言って、残りの87霊場を巡る資金も時間も気力もありません・・・
どうしたらよいものか?と悩んでいたら同行のWさんから『中抜きお遍路』と云う概念はどうだろうか!との提案がありました。
お遍路は四国を一回りするのです・・・という事は最後の88番霊場は1番霊場の近くに戻ってくるのです♪
と云う訳で、今回は『中抜きお遍路コース』を選択し、2番霊場から87番霊場を省略し、一気に88番を訪ねました♪
88ヶ所最後の霊場の大窪寺です。
本殿の背後に急峻な岩山を従えてます。
何か厳しさの中に優しさや悲しさを感じます・・・
おめでたく結願をなされた方々なのでしょうか?
白装束は汚れていますが、お経を読む声が清清しく聞こえてきます。
1番霊場とは反対の、落ち着き、安らぎ、満足感のようなものがこの霊場全体に漂ってます・・・
わたしとおトしゃんも解脱したような気持ちに成りました・・・
今回の中抜きお遍路仲間も結願した喜びに打ち震えているようです♪
霊場結願所です。
ここでお遍路は終わりです。
88番霊場には、他の霊場には無い『解放』があるのです♪
もう頑張らなくても良いのです♪
中抜きお遍路の結願を終え、ゆっくり階段を下りて行きます・・・
最後の88番霊場はこれからの紅葉の季節には血のように赤い紅葉に包まれることでしょう・・・
おトしゃん達の中抜きお遍路の証として、スタンプとサインを頂きました。
納経帳(スタンプ帳)の初めと終わりのページ以外の中間の86ページは全部空白ですが・・・
今回、中抜きお遍路を結願し、いろいろと考えました・・・
①1番霊場と88番霊場だけでは、何も解らないのではないだろうか?
②お寺は皆同じようなものではないだろうか?1番霊場と88番霊場でおトしゃんにとっては充分ではないだろうか?
この問題は、古代から解けない問題ではないでしょうか!
投稿者 choko : 2014年09月22日 07:51
コメント
A先生。
1番霊場では、池の鯉のエサまで売っていて、まさしく観光地そのものと感じてました。
中抜きで最後の88番を訪ねると、1番とは雰囲気が変わり、大勢のお遍路さんが居るのにもかかわらず、静かな安堵感のようなものに包まれてました・・・
と云うことは、残り86ヶ所それぞれに異なって感じるところがあるのかもしれません・・・
やはり、実際に歩きとおさなければ見えてこないものがあるのでしょうね♪
投稿者 チョコのおトしゃん : 2014年09月23日 07:21
タックンママさん。
そうですか!お父様の心を受け継いでタックンは此の世に現れたのですね(涙)
私は、このブログを続けている限りチョコが傍にいる気配を感じていられます♪
もっともぬいぐるみを連れ歩いているのですから当然ですが(笑)
今回一緒の仲間の面々まで生きている時ように「ぬいぐるみチョコ」に語ってます!!
ひとり遍路さんは「同行二人」ですものね♪
投稿者 チョコのおトしゃん : 2014年09月23日 06:56
1番と88番でお遍路終了ですか。ズルです。でも現代人向きのお遍路コースかもしれない。もっとも、現代より交通事情の悪かった昔は、四国遍路は夢みたいなもので、日本の各地に88ヶ所を造って、そこを巡れば四国巡礼と同様の功徳が得られるとしたので、中抜き遍路よりもっとズルかもしれません。札幌の円山も88ヶ所仕立てになっているので、四国まで行かなくても自宅から出発して半日でお遍路終了で、お金もかからなくてよいかもしれません。
投稿者 A : 2014年09月22日 17:58
命の摩訶不思議と生きる事への深淵を教えてくれたタックン・・・
私の初めての看取りを教えてくれたタックン
実父の命日とタックンの誕生日が同じなのです。
勿論同じ年では無いのですが タックンは父の生まれ変わりで 父にしてやれなかった看病と看取りを体現させてくれたのではないかと思って居ます。
中抜きお遍路 これなら体力に自信が無くても出来そうです!
投稿者 タックンママ : 2014年09月22日 17:27